「なるせさーん!この間の資料なんすけど…」
「こちらで、用意したので結構です」
何かと目の端をうろついてくる。
刑事という彼は、弁護士の仕事上、情報収集など上でとても役に立つ存在なのだけれど。
しかし、こうも近くに居られるというのも、不快で仕方ないのも確かで。
「そろそろ、帰っていただけませんか?」
「もう少しで、定時ですよね!俺待ってるんで、大丈夫っす。飯、食いに行きましょうよ」
ここは僕の事務所。毎日彼が、ここに居る理由なんてないのに。
何かと、事件に関する書見や、資料…etc.といった感じで彼はやってくる。
あからさまに邪険に払っているのに、せりざわは気にすることなく…否、気づくことなく自分のペースを崩さない。
案件に目を通し終えた僕は、書類を机に投げ出し、ぐったりと重厚な革張りのチェアーに身を預ける。
柔らかなそれに、目を閉じる。僕なりの小さな至福の時間。
そこを見計らったように、とんとんとノックがなされて、僕の許可を与える間もなく、彼が入ってきた。
いつもの事だけれど。
「なるせさん、終わりました!?」
晴れ上がった笑顔、という表現がぴったりなほど、嬉しそうだった。
ぎぃっと音を立てて、立ち上がると。スーツの乱れを直して、鞄を持ち上げた。
無表情で彼の横を通り過ぎようとしたら、鞄を簡単に奪われて。
「これからクライアントと…「お疲れ様です!俺いい店知ってるんすよー」
「かばんを返してください。僕はまだ仕事があるんです!」
「さっき、事務長に聞きましたよ。今日はもう上がられるって」
「…、分かりました…。」
嘘は罷り通らず。
これ以上妙な言い訳しても、彼はついてきそうだ。
観念して小さく溜息をつくと、頭を抱える暇もなく腕を引かれ、事務所を後にした。
彼の車に乗り込んだ僕は、助手席から流れる明るい街のネオンに目を細めていた。
騒々しい街。いくら目を瞑っていても、闇はない。
僕の心の中は、何も見えないほど深い深い闇の底なのに。
「なるせさん、着きましたよ」
嫌々というもの、せりざわが連れて行ってくれる場所はいつも、目新しいものばかりだった。
ただ復讐のために、闇雲に、それさえ遊びなんて考える余地さえなく、知識を取り込んでいたから。
ある一種の世間知らずとなってしまっていた。
だから、結局彼の誘いを拒む事が出来ない、と思っている。
今日も、僕の知らないことばかりだった。
楽しさ、なんか感じてはいけないはずなのに。
心のどこかで、満足している自分が居る。
そして、せりざわの楽しそうな姿に、安心している自分も。
「どうでした?」
「…ありがとうございました」
「ええー、それだけ?」
「感謝の言葉を述べるだけ、いいでしょう。大体、貴方が勝手に…」
「はいはい、そうです。俺が好きで連れて行くんですから、文句言いませんって!でもさ、ほら…やっぱり気になるんすよ。」
「何が?」
「だからー…その…好きな人には、満足してもらいたいっつーか…もう、そんなの言わせないでくださいよっ」
一人で言って、一人で照れている。
そんな姿に、ぷっと笑ってしまった。
不覚にも。
「あーーーっ、今笑いました?ちょー可愛い…!ね、なるせさんもう一回笑ってくださいよ」
思わず、顔を伏せたくなる。
無表情に戻っても、せりざわはもうすでに舞い上がってしまっている。
僕の一挙一動に一喜一憂する。僕の何に惹かれているのか、皆目見当もつかない。
「ちょっと、調子付きました、すいません。でも、なるせさん。もっと…そういう表情したほうががいいと思いますよ。
なんつーか、なるせさんって…常に何か追い詰められてる気がするんすよ。いや、そこが凛としててかっこいいんですけど!
もう少し、肩の力抜いてみませんか」
せりざわの目が優しく微笑む。
暖かい何かが、僕の中に傾れこむようだ。
深い闇の底、足を抱える僕の傍へ差し伸べられた手のようで。
思わず、手を取ってしまった。
「そうですね…。もっと笑えるといい。」
「そうっすよ!これからも、俺がなるせさんのいい顔、させてみせますから」
人を惹き込む笑顔。
いつからか、この笑顔を見るのを好きになっていたのかもしれない。
視界に居ないときに不安になった、自分を思い出した。
「そう、その顔!これでこそ、俺の好きな…、っと…」
「…ちゃんと、言ってくれませんか?」
「…え?」
「だから、貴方の気持ちを」
受け止めようと思うから。
ぎこちないかもしれないけれど。
すると、車のシートの上、彼は座りなおして。僕の目を真剣に見つめる。
「俺、せりざわなおとは…なるせりょうさんのことが…好きです!さ、つぎはなるせさんの番ですよ!」
「え?」
「俺の気持ちなんて、知ってるくせにー。俺はなるせさんの気持ちを知りたいんです」
本当、この人には弱いな。
「僕も、好きですよ。…とりあえず、まだ仮、なんですけど」
この手を引いて、連れ出してください。
明るい、貴方のいる場所へ。
追伸
けいさまリクエスト「芹成で直人が押しに押して両思い」
との事でしたが…!
何故か!何故か!なおとを可愛く書いてしまったような気が、しま…す。
如何だったでしょうか…。
わんこのようななおとを書くのは楽しかったんですけど…。
もっと、女王さまチックななるせせんせいを書きたかったな(どんなプレイだよ)ってちょっぴり後悔です…!
なんという、へたれ文章で申し訳ありません…!
少しでもお気に召していただけると嬉しいです…!
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