目を開いたら、白の世界だった。
天国なのだろうか、とただぼんやりと輪郭のない世界を見つめる。
清潔なシーツの香りと消毒液の香り。
ここが病院だという事に、ようやく気づいた。
僕は生きてしまっている。
どうして、神様は僕を死なせてくれなかったのだろうか。
腹の痛みが、じわりと伝わってくる。
これから、生きる、という地獄を味わう事が、僕の贖罪というわけか。
愛してしまった人を、自らの手で殺してしまった事に苛まれながら。
罪を背負い、穢れがなかった瞳を愛してしまったのに。
長年の月日を経て、生み出した憎しみは留まることはなくて。
愛しさと憎しみが入り混じって、たどり着いた結果が僕を殺してもらう事だった。
愛する者に復讐という名で殺される、それが僕の最高の終焉じゃないかと。
その願いは叶うことは、なくなった。
僕は死にたかったのに、あの人の手で。
けれどあの人は、きっともういない。
「なるせさん!目が覚めたんですね?」
百合の花を抱え、彼女は大きな目をさらに大きく見開いて嬉しそうに笑った。
体が重く、視線だけを動かした。
「良かった…、発見がもう少し遅れてたら…なるせさん…っ…」
泣きそうな顔で、僕を見ないで。
その涙は、拭えないのだから。
僕の思いを感じ取ってくれたのかは分からないけれど、彼女は気丈にも涙を堪え、笑顔を見せてくれた。
「そうだ、刑事さんも隣にいらっしゃるんですよ。刑事さんは昨日、目が覚めて…。あ、今は寝てるみたいなんですけど…」
生きている。
彼女が生き生きとソラの様子などを話してくれているのだが、全く頭に入ってこなかった。
このカーテンの向こうにあの人が居る、その事ばかりが張り付いて離れない。
「あ、そろそろ仕事に戻らなくちゃ…それじゃ失礼しますね」
「…あ、…りがとう…」
ようやく出せた言葉で、手を振り微笑む彼女を見送った。
その視線をカーテンに移す。
すると、小さくカーテンが揺れた。
「なるせさん…」
彼の声だった。
どうしてだろうか、声を聞いただけで視界が滲む。
安心感にも似た感情が、溢れて止まらない。
上手く声が出なくて、返事が出来ない自分を悔んだ。
「…俺…、生きてました。…助かりたくなかった、生きる資格なんてないのに…」
すみません、と小さく呟く声に、胸が押しつぶされそうだった。
追い詰める事を望んでいたはずなのに。
この胸の痛みが、恋だと分かっていて気づかぬ振りをし続けている。
けれど愛しさは、もう溢れてしまった。
伝えたい。
「…せりざわ…さん」
息を飲み込み、絶え絶えに声を発する。
深く息を吐いて、少しだけ動く指先をシーツに絡ませた。
「…赦してください…」
「な…るせさん…」
「そして…あなたを愛してしまった…事も」
神に懺悔のように目を瞑ると、また一筋涙が零れる。
静かな病室には、時計の針の音だけが、響く。
その間に、シーツが擦れる音とペタペタと歩く床の音。
カーテンがそっと開くと、腹を押さえたままの彼の姿があった。
動けないはず、なのに。
ベットに近づいてきて、彼は力尽きるようにベットに倒れこんでくる。
それは、僕の顔の横に。
「だい、じょうぶですか…?」
「はい、…なるせ…さんに、触れたくて…来ちゃいました…」
本当に表情に素直な人だ。
伸ばしてきた指が、流れた涙の筋を拭き取ってくれた。
温かさが頬に伝わって、どうにか動かした手でその手を掴んで、頬擦りする。
そっと見上げれば、優しげに細められた瞳と絡む。
「俺も…あなたを愛しても…良いですか」
愛する事の意味を、愛される事の意味を、僕は未だ知らない。
それでも、これが愛なのだと感じることは出来る。
小さく頷けば、微笑む顔があった。
*****
そして。
退院をして2ヶ月ほど経ったある日。
せみの鳴き声はとうに消え、日も短くなり肌寒くなってきた頃だった。
僕となおとは、街が見渡せる坂の上にあるひでおたちの墓前に向かっていた。
あの角を曲がれば、ひでおたちが眠る場所。
一歩一歩近づくたびに怖くなった。
赦してもらえるのだろうか、と。
「…りょう…?」
立ちすくむ僕を、なおとは優しく肩を抱きしめてくれた。
「ダメだよ、りょう…もう自分を責めないって約束しただろ」
「…ごめんなさい」
俯く僕を、なおとは責めはしない。
なおともきっと、怖いのだ。
同じ気持ちだと、肩から伝わる静かな震えが感じられた。
暫くして、再び歩き出す。
墓前の前に立つと、枯れた百合の花が時間の経過を語っていた。
「ここが、ははとひでおのお墓です」
小さく呟いた僕の声に、なおとが頷いた。
名も刻まれていないのを、問われる事は無かった。
綺麗になった墓を前に、僕たちはゆっくりと手を合わせた。
母さん、ひでお…僕を赦してくれるだろうか。
そっちに逝けなかったことも、ここに来るのを躊躇った事を。
ゆっくりと目を開くと、百合の香りが優しく包んでくれる。
幸せだったあの頃のように、柔らかに。
初めてかもしれない、こうして墓前に立ち暖かな気持ちになれることは。
ようやく、僕が僕に還れた。
目を閉じると、涙が一筋流れる。
初めて、悲しみではなく喜びで涙が溢れた。
すると、抱かれた肩の温かみを感じる。
生きる事は、悪い事。
けれど、皆生きている。
幸せ、という罪を背負いながら。
柔らかな日差しは緩やかに影を落とし。
あの日絶望しかなかった街の景色に、暖かな灯が灯り始めていた。
*************
追伸
ネタから頂きました~(ゆーじさま、有難うございました!)
久々に題名悩んだ…!な感じのまおーですが!!やっほ!(無駄にテンションたけーな…)
こうやって、二人で支え合って生きてて欲しかった…な。
死ぬ事が美学ではないぞ、と。(急にテンション下がったな)
何はともあれ、DVD]は無いのですが…がっつりと溜め込んだまおーをもう一回…観たいな、と思いました。
でも、観れないんだよなー…辛すぎて。
多分、一話の「なるせ りょうです」辺りで号泣しそうだから…^^
早すぎるだろ、それ^^
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